大学入試で京大入試はを選ぶのは自分自身。

大学入試で京大入試を選ぶのは自分自身であることを忘れてはいけない。誰かから言われて、偏差値を見て、などの理由で決め手は京大にも失礼である。京大を選ぶのだったら、その専門分野はもちろんのこと、大学の設備、在籍している教授の顔ぶれ、さらにはどのような学生がいるのかまで詳しく見聞きして、それらを分析して判断すべきである。それらの情報から分析した大学が、自分にどのようなメリットを与えてくれるか。そこまで判断してから京大を選んでこそ、その大学を選ぶ価値があるのである。そうした一連の行動を実行するのが自分自身であることを忘れてはいけない。

高校偏差値を元に志望大学を決めた娘

娘が高校進学をする時は、高校偏差値から女子大を志望しました。娘は、幼児期からピアノを習っていたので、高校でも音楽の勉強をしたいと考えていました。ピアノの先生からも音大付属高校に進学することをすすめられていたので、娘もその気になっていたようです。音大付属高校であれば、高校から大学まで一貫した音楽教育を受けることが出来るのが大きなメリットです。娘の偏差値と音大付属高校の偏差値を比較すると、ほとんどの音大付属高校の偏差値はクリアすることが出来ていました。後は、入試にそなえて受験勉強にどれだけ集中できるかが鍵でした。

大学入試は東大入試の時こそ本来の意味を。

大学入試は東大入試の時こそ本来の意味を取り戻すべきである。大学入試とはその大学への受験生の適正を測る入門試験。それを東大で行うことこそ、正しい大学入試の姿を取り戻す第一歩となり得る。偏差値の高低などではなく、適正で東大に入る受験生が決められる。この事実が東大以外の他の大学で大学入試の本当の意味を問い直すきっかけとなり得るのである。そもそも、東大に入るための高すぎる偏差値こそ、受験戦争の発端と言っても差し支えがないだろう。そうして高い偏差値を取り東大に入った者は果たしてそれ相応の結果を残しているだろうか。普段ニュースを見ている限り、その事実は確認されない。これでは正しい適正を持った者が東大生になっているとは思えない。

高校偏差値から女子高を選びました

長女が高校受験をした時は、高校偏差値から女子高を選びました。娘は仲の良い友人が共学校を志望していたので、自分も同じ高校に通いたいと考えていましたが、娘の偏差値に見合う共学校がありませんでした。上か下のランクへの変更も検討の余地がなかったので、仕方ありませんでした。娘は、学校の方針や大学受験対策のことよりもさっぱりとして性格の自分が女子だけの学校でやっていけるかどうかが不安だったようです。中学時代の共学生活を楽しんでいたので、無理はないと思いましたが、そういう子程楽しく過ごしていると先生からも言われ、安心したようです。

大学入試で医学部入試の前に。

大学入試で医学部入試の前に少し自分を見つめ直して、再確認してもらいたい。自分がなぜ医学部を目指すのか、そうすることで将来どのような目的で、どのようになりたいのか。特に医学部にはこれが必要であると考える。最近医療に携わるものの不祥事がニュースを騒がせている。医者の人格の劣化は、その適性を図るはずの医学部入試の不備こそその現況だろう。そしてその状況に変化がないのなら、受験生当人が自分の責任で自分の適性を判断しなければならない。自分がどういった目的で、そういった職業に就きたいのか。それを問い直し、本人に良識があるのなら、そこで正しい適正が判断されることだろう。間違っても金銭的な目的で医学部を目指してはいけない。その結果はニュースでいやと言うほど流れているだろうから。

定期テストは大学受験のためにあるのではない。

定期テストは大学受験のためにあるのではない。あくまでその学校での一定期間の学習の成果を点数で評価するためのテストでしかない。そのため、定期テストの結果で大学受験に絶望したり安心したりするのは間違いである。それはあくまで一定期間の学習の結果でしかないのだから。本当に大学受験に役立てるには、一つ一つの定期テストの結果をつなげ、自分の欠点などをしっかりと把握して、それを克服することで初めて役に立ったと言えるのである。そうしなければ、定期テストは単なる確認作業にしか過ぎず。確認するだけで何もしなくてはそれ以上の意味など発生しようがない。

高校偏差値と面接入試で悩みました

息子が高校受験をする時、高校偏差値と面接入試で悩みました。息子は中学時代、部活以外のサッカーチームに属していたので、平日は夜遅くまでどこかのグラウンドでサッカーの練習をしていました。週末も練習や試合が入るので、普段学校の勉強をする暇はありませんでした。主人に相談しても今しか出来ないことをやらせればいいという返事で、本人も説得が出来ませんでした。高校進学を検討する時にサッカーの強い高校を志望しましたが、その高校の偏差値に息子の偏差値は届いていませんでした。息子には無念だったようですが、結局は先生から別のサッカーが強い高校をすすめられ、面接入試を受けることになりました。

定期テストは大学の偏差値とは関係ない。

定期テストは大学の偏差値とは関係ない。その事実を理解しておく必要がある。定期テストは一定期間の学習の成果を点数で評価するものであり、大学の偏差値はそれまでの学習で得た学力の総合的な評価である。定期テストは偏差値のほんの一部にしか過ぎない。だからこそ、定期テストでたとえ失敗したとしても挽回することは十分に可能であるし、たった一度の失敗で絶望するようなそういった性質のものであることは理解しておくべきである。一つ一つの定期テストを着実に進め、失敗しても確実に取り戻す対応をする。そうすることで初めて偏差値にその結果が反映されるようになるのである。

高校偏差値から入試科目対策を懸念しました

息子が高校受験をする時は、高校偏差値から入試科目対策を懸念しました。息子の偏差値は結構高いランクに位置しており、あと少し頑張れば難関高校のランクには入れるところにありました。将来は、法学部で法律を学び、弁護士になりたいという夢があったので、今後の事を考えると難関高校に進んだ方が入試科目対策が万全なので有利だと考えました。息子にこの状況を説明し、少し上の高校進学に向けてチャレンジする意志があるかと聞いたところ、頑張りたいという返事だったので、塾へ通いながら難関高校進学対策をすることにしました。周りの生徒のランクが高く、息子も負けるまいと頑張っていました。

定期テストは大学のためのステップ。

定期テストは大学に合格するためのステップです。言い換えるとあくまでステップにしか過ぎないと言うことです。一歩一歩を確実に、だがたとえ一歩しくじったとしても、そこを確実にやり直せば良いだけの話。そこに過剰な思い込みは禁物です。誰もが完璧に物事を進めることができるわけではありません。そうした失点を余裕で取り戻すためにこそ、定期テストはあるのだと言うことを忘れてはなりません。定期テストが示す警鐘を聞き漏らすことなく、自分の学習推移の問題を見逃さずに、それに対する対策を的確に打つことこそ、定期テストの意義はあり、確実な合格への道筋だと言えます。

高校偏差値で小論文入試対策が必要でした

娘が高校入試をする時は、高校偏差値で小論文入試対策が必要でした。娘は勉強が苦手な方だったので、日々の勉強を見てもらえる家庭教師を雇っていましたが、家庭教師が来る日でもわざと遊びに出かけてしまうこともあり、中学時代は勉強に専念することが出来ませんでした。そんな娘にも転機が訪れました。高校進学について検討する時、周りの友人たちがランクの高い学校を志望校てしているのに、自分は好きな高校を志望するこが出来ませんでした。先生にすすめられた学校には入試科目に小論文がありました。娘は小論文が苦手でしたが、この機会を逃すと高校に行けなくなる覚悟を持って練習に取組みました。

定期テストのリストの意味。

定期テストでリストで結果を発表された。その結果が悪かったからと言って落ち込むことはない。順位が低かったからと言って、それはクラスや学年と言って、そのテストを行ったきわめて規模の限られた中での順位である。そのことを忘れてはいけない。また、本当に重要なのは入試に求められる総合的な学力である。たとえていきテストが悪くても、それはテスト範囲の一定期間の学習の成果が足りないと言うことを示しているだけに過ぎない。ならば、その期間中の範囲を学習し直せば良いだけの話である。定期テストの結果はそのように活用しましょう。

高校偏差値で有名進学校を目指しました

息子が高校進学をした時は、高校偏差値で有名進学校を目指しました。息子は主人に似て勉強家なので、中学に入学すると同時に塾に通って勉強するだけでなく、塾の補講をする為の補講塾にも通っていました。塾での勉強の成果があり、学校の成績は常に上位をキープしていました。主人が難関大学卒業していたので、将来的には息子も難関大学を目指していました。息子にとっては主人は尊敬できる存在だったので、生き方を真似したいという気持ちが強かったのかもしれません。勉強も努力をし続け、難関大学対策が出来る有名進学校を目指しました。

大学入試で慶応の入試を受けるのは自分だけ。

結局の所、周囲にどのように言われたからとて実際に大学入試で慶応の入試を受けるのは自分だけであることを思い出しておこう。部外者である周囲にいくら進められたとて、それだけで大学入試を決定してはいけない。いくら我が事のように親身になって勧めてくれようと、その人にとっては他人事である。それは事実であり、何も悪いことではない。ただし親切だからと誤解する方が悪いのである。そうした誤解を取り除いてみると、自分だけが入試を受けるのであるから、自分自身で決めるべきだという判断に至るだろう。それも悪いことではない。たとえ、周囲の人がせっかくの親切を台無しにされたと腹を立てたとしても、聞かれなかったから台無しになるなら親切とは言わない。そういうものは命令、それが言い過ぎなら要望という類のものである。

高校偏差値から男子校を志望しました

息子が高校受験をする時は、高校偏差値から男子校を志望しました。息子は、男子校には興味がないと言っていましたが、高校の偏差値と息子の偏差値から検討すると、私立の男子校を単願で受験することが息子にとって一番の策だと先生からすすめられました。息子は中学時代はバスケットボール部に所属していました。普段は男子チームだけで練習をしますが、女子チームとの交流もありましたので、男女共学が自然だと考えていたようです。高校は将来を見据えて選ぶものなので、男子校だから嫌だと決めるのではなく、将来の大学進学まで検討した結果だと言い聞かせました。

 
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